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終わりのあとに
朝吹真理子
撮影:新潮社
トーマス・ルフというと、2011年の大震災の後、写真集で「jpeg」をみていたときのことを思い出す。刊行されたころに買ったものの、本棚にしまったままひらいてみていなかった。3月のなかばだった。フランス在住の友人から海外メディアの様子を知らせるメールがきたり、原子力発電所の汚染事故によって、東京にも少なからず放射性物質をふくんだ雨がしとしと降っていて、とんだ春雨になっていた。出かけるという気持ちには当然ならず、ひとり部屋にいたけれど、パソコンの前にもいたくはなかった。小説よりも詩のようなものの方が馴染んだ。ただ、文字を追うのにも疲れたときに、写真に絶望しながらも写真を撮りつづけているルフの「jpeg」を思い出した。
爆風、ミサイル、川のせせらぎ、目にしているのが何かはわかるが、圧縮してモザイク状になってしまっていて、よくわからなくなる。醜いともいえる写真のありようだった。それがかえってよかった。
今回の展示では、当時写真集でみていた「jpeg」を大きなフレームでみられたことがよかった。作品の前で距離をとってみる。展示会場で並列された「jpeg」シリーズはやはり不気味だった。
「ma.r.s.」シリーズのある二枚は、ちいさいころディズニーランドのアトラクションでかけていたような3D眼鏡をかけて、立体的に浮かび上がる火星の画像をみるようになっていた。まだ観ぬ火星の土地のでこぼこをまるで肉眼でみているようにみえる、というものだった。懐かしい3D眼鏡をかけてながめることにむなしさがともなったが、わくわくするような人類の第一歩などにはならないのがこれからさきの景色なのかもしれない。
作品のなかでいちばん心惹かれたのは、「andere Porträts」(アザー・ポートレート)シリーズだった。ドイツの警察で使われていたモンタージュ写真合成機を使用して、実際に存在する人の顔が重ねられて、ひとりの顔としてうつっている。複数の私の顔は、じっとみていてもいつまでも掴みきれない相貌をしていて、美しい悪夢のようだと思った。
朝吹真理子(あさぶき・まりこ)
1984年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。2009年、「流跡」でデビュー。10年、同作で堀江敏幸氏選考によるドゥマゴ文学賞を最年少受賞。11年『きことわ』(新潮社)で第144回芥川賞受賞。
1984年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。2009年、「流跡」でデビュー。10年、同作で堀江敏幸氏選考によるドゥマゴ文学賞を最年少受賞。11年『きことわ』(新潮社)で第144回芥川賞受賞。