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トーマス・ルフ
インタビュー
後編
写真・ホンマタカシ
編集&インタビュー・服部円
アーティストにとって必要なことは、
新しいイメージをみつけること
現代アートと写真の垣根を超え、世界的に評価されているアーティスト、トーマス・ルフ。2016年5月、ドイツのデュッセルドルフにあるルフのアトリエを訪ねた。コンセプチュアルな作風とは裏腹な、和やかな雰囲気のルフが語る、アート、写真、そしてインターネットとは—— 。
あなたはご自身のホームページを持っていませんよね。インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)についてどのように考えていますか?
「単純に忙しいから、という理由です。制作が第一優先であり、作品を売ったり、展覧会をしたりする際にはギャラリーや美術館のサイトに情報が掲載されますから。また、アーティストが自分のホームページを作らないといけないという義務はありません」
インターネットが日常的になった今では、SNSを一切やらないアーティストは、プライベートな部分が垣間見えない分、より神秘的な作家として印象づけられます。
「これは個人的なイメージですが、ホームページを持っているアーティストはうぬぼれの強い人ではないでしょうか。アーティストならば、ホームページよりも、作品づくりに時間をかけるべきです。私はインターネットができる前から作家として活動しており、インターネットによって自分の作品を発信するという必要性がないからかもしれませんが。もし私にコンタクトしたい人がいたとしたら、ギャラリーに連絡すればいいわけですからね」
インターネット自体についてはどう考えていますか?
「インターネットが出始めた当初は、みなブログに自分の子どもやペットの写真をアップするだけでした。これは、インターネットの使い方として、本当に馬鹿げています(笑)。それから、企業が製品についての情報をコマーシャルし、ポルノ業界がプラットフォームとして使い始めた。そして現在のSNSが登場し、インターネットの使い方が一変した。当初は誰も、インターネットで何をすればいいか分からなかった。私はインターネットに共鳴しているのではなく、批評的に扱っているつもりです」
近年の作品は〈jpeg〉などインターネットの画像を使用したり、ビンテージのネガフィルムを素材とした〈negatives〉、新聞社のプレス写真アーカイヴから発想を得た〈presst++〉など、ある元画像を加工したりする作業が主になっていますよね。最後にカメラのシャッターを押したのはいつですか?
「2003年です。家族サービスで娘の写真を撮ることはありますが(笑)、作品としてはそれが最後ですね。カメラを持って世界中を撮って回ることはとても大変です。でもインターネットがあれば、どこにでもいける。また以前は自分で撮った写真を主に使っていましたが、〈cassini〉や〈ma.r.s.〉など、自分では撮影することのできない天体写真も扱うようになりました。2000年からは、インターネット上にあるヌードの画像を用いた〈nudes〉や、アニメや漫画の画像を使った〈Substrate〉などを制作しています。それらは私がシャッターを切って撮影することとは意味が異なるもので、インターネット上の画像を引用しています」
PCで作業している時、データをどのように仕上げていくのでしょうか?
「家を建てるのと同じ要領ですね。基礎をつくり、柱を建て、屋根をつける。数時間で終わる時もあれば、何日もかかる場合もあります。自分が理想とするイメージをみつけた時に終わる。まず画面上でできたものをプリントアウトして、壁に貼ってしばらく時間をおきます。10点くらい並べて比較する場合もあります。プリントアウトした瞬間はすごい作品ができた! と興奮していても、数日経ったら、全然ダメだったという場合もありますよ」
技術的な質問になりますが、〈jpeg〉のJPEG形式で(*3)で保存しているのですか?
「〈jpeg〉シリーズは画像をJPEGで圧縮していくことで出来上がっていく作品なので、最終的な保存形式もJPEGになります。一方、天体シリーズは大きなプリントで精密なディテールを表現するため、より情報量の多いTIFF(*4)で保存しています。必要に応じて保存形式を変えているだけです」
アート作品としての価値を高めるため、写真自体だけでなく額装にもこだわりがありますか?
「もちろんいい作品にはいいフレームが必要です。作品によってディテールも異なりますし、ミリ単位で職人にオーダーをし、実際に写真を枠にはめてから再び調整することもあります。とはいえ、フレームは壁に掛けた時に落ちないようにするためのモノですから、こだわるポイントとしてはそこまで注力していません」
今回の展覧会について、出展作品のセレクトはどのように決めたのですか?
「8割が私のセレクト、残りは美術館の学芸員たちと決めました。国立近代美術館は大きな空間であり、金沢21世紀美術館は細かく部屋がわかれています。空間にあわせて、大まかにシリーズを組んでいき、場所を入れ替えたりしながら決めていきました」
新作の〈presst++〉では、読売新聞社のアーカイヴから写真をピックアップしたそうですね。
「〈presst++〉シリーズは、宇宙にまつわる写真からスタートしました。そこで今回は、未来やテクノロジーを感じる写真を、とリクエストし、1970年頃の大阪万博や新幹線の写真を用いることにしました。新聞社から送られた500点以上の中から、最終的に今回初公開となる4点に絞りました」
あなたの作品は、研究者のように世の中を俯瞰しているようで、未来や天体といったモチーフも登場します。実はとてもロマンティックな人なのでは?
「確かに、少年時代に憧れていた宇宙や空飛ぶ車のような未来のテクノロジーをテーマにしているため、自叙伝的な作り方をしています。作品の根底にあるテーマが、ロマンティックに見せているのかもしれません」